司会:東間未来先生(WLB委員会委員長)
演者:川瀬和美先生(東京慈恵医科大学外科学講座 特任教授)
立石実先生(聖隷浜松病院 心臓血管外科主任医長)
伊東宏明先生(亀田総合病院 小児科主任部長)(ビデオ)
本田泉先生(東京都立多摩総合医療センター 産婦人科医長)
第60回日本小児外科学会学術集会において、ワークライフバランス検討委員会ではシンポジウムを開催した。テーマを「多様性を許容する組織の在り方」として、演者に講演していただき、その後討論を行った。
まず、演者の講演について要旨を下記にまとめる。
1)川瀬和美先生
演題:外科医のワークライフバランス 男女共同参画・ダイバーシティについて
女性外科医が置かれている現状をデータで示すと、男性は働き出して定年までずっと正規雇用であるのに対して、女性は出産を契機に非正規雇用が増加しており、日本外科学会調査では、女性で子供有の群が、優位に労働時間が短い。夫婦の家事育児時間の比較では、日本は諸外国に比べて、男性の育児・家事時間が非常に短くて、女性の比重が大きいとなっており、外科学会のアンケートでは、自身が理想とする家事育児分担割合を見ていますが、男性は3割、女性は6割弱を理想としているという結果であった。日本の特殊出生率は経済破綻をしている国々と同様に低いが、夫の育児時間が長いほど、第2子以降の出身割合が高いという結果が出ている。女性医師の子供数では、内科 1.8 産婦人科1.9、外科 1.6 となり、女性外科医の平均子供数が少ない。
次に、アメリカ、日本、フィンランド、香港 4 カ国の女性外科医の意識調査において、日本の女性外科医が現在の過酷な現場ではキャリアが伸ばせず、技量も追いついていないと考えているのがわかります。
ワークライフバランスは、少子化の流れを変え、女性が能力を発揮できる環境を作るために必要である。そのためには、多様性の受け入れ、様々な働き方の許容が必要である。
外科においても、女性がしっかりと働ける仕組みがあれば、男性の負担も減り、人も集まる好循環が生まれる。この考えは、男女のみならず、様々なマイノリティーにも当てはまる考え方である。ダイバーシティーを重んじて、様々な人が能力を発揮できる、幸福度の高い社会を築いていくことが重要である。
2)立石実先生
演題:無意識の偏見“unconscious bias(アンコンシャス・バイアス)”~心臓血管外科医の労働環境改善に必要な価値観のアップデート~
初めに、病院に従事する外科女性医師の割合、平均と平均年齢を示す。 外科医総数は2004 ねん、18000 人だったのが、2018 年は14000人と40%減となっています。平均年齢は 43.7 歳から 49.7 歳と高齢化が進んでおり、絶滅危惧種になる懸念がある。
次に、2019 年に小児心臓外科医の労働環境を調査したアンケート結果を示す。小児心臓外科医の 15% が月10 回以上、32% は 7 回以上の当直をしているというデータがある。来年 4 月から適用される、2024 年問題の医師労働時間の上限規制の最大、C枠にあたる年間1860 時間の労働時間を超える人たちが、全体の 50% で、過労死レベルを超える人たちが86%もいる結果であった。
2021年に物議をかもした、JOC森会長の発言の何が問題だったのか。価値観のズレを自覚していなかったこと、すなわち「無意識の偏見」「アンコンシャスバイアス」である。一般的に言うと、例えば親が単身赴任中と聞くと、父親が単身赴任だと思う、小さい子供がいる女性には出張が多い業務は割り当てない方がいいと思う、育児休暇を取る男性は仕事よりプライベートを優先したいと思っている、等々。心臓外科医バージョンなら、『心臓外科医は長時間労働であることは仕方がない。』「若い医師は上級医の手術を見てひたすら学ぶべき。」「女性は心臓外科医に向いていない」など。
つまり、外科医を希望する若手の減少や中堅医師のドロップアウトの原因の一つに、上級医が若手との価値観のズレに気づいていないという、アンコンシャスバイアスが原因としてあげられるだろう。特に、心臓外科医はまだ 90% が男性で、仕事一筋に競走社会を生きぬいた人ばかりで、家庭よりも仕事が優先、長時間労働は当たり前という固定観念の中で確立された集団である。この多様性のない画一的な社会というのが問題であるということを自覚することが大事であろう。
一方で、心臓外科医の社会的責務は、心臓手術が必要な患者さんに質の高い手術を行うことである。決して、単純に心臓外を目指す若者が増えればいいと言う訳ではない。質の高い手術を提供するために、タスクシフトや施設集約化などの外科医の育成システムの充実が必要なのは言うまでもないが、多様な価値観を認めることにより、良好な人間関係構築が図れるということ、そしてそれはノンテクニカルスキルの向上につながるとともに、チームが活性化して 個々のパフォーマンスや意識向上につながる。その結果として若手外科医が増えれば全体の労働環境の改善につながって、質の高い手術につながる、という好循環ができあがるだろう。
まず一番大事なことは、アンコンシャスバイアスが自分にもあるということを認識するということ、既に浸透したセクハラなどのいわゆるハラスメントと同様に問題意識を多くの人が持つということである。特に上級医、チームリーダーは自分の常識を疑う。自分が間違っているんじゃないかと自覚することが最初の一歩ではないだろうか。
3)伊藤宏明先生
演題:パパ育休をとるために組織をどう変えたか
まず、10 年前までの一般病院、小児科での診療がどのようなものだったか。
部長以下スタッフ全員、7時前に出勤し、20 時以降に自宅。土日、当直明けも休みではなく、習うより慣れろ、苦労は買ってでもしろ、という文化があった。2018 年に専攻医 3 年目の医師が第1子誕生の際の「パパ育休」を申請したことから当科は大きく変わり始めた。
当時は、演者が欠員分の仕事を負担してやりくりしたが、2019年に演者も第1子出生に際して育休を取得し、その後5年間に4回のパパ育休取得者があった。
実際、取得を進めるためには様々な工夫をした。まず、業務整理、次に、属人化低減(担当医⇒チーム制)である。また、朝のカンファレンスで当直医師が夜間の診療報告を行い、これについて労いの言葉をかけ、午後には帰れるように、業務振り分けを行った。部長のような上司にも臨床業務を振り分けた。有休をしっかり消化することを励行した。
今は、働き甲斐のために我慢を強いられるのではなく、働き甲斐と働きやすさが両立することが求められている。働きやすさを提供できる組織でなければ、そこに人が集うことはなく、チーム力の縮小、ひいては、そのチーム全体での社会貢献力の低下につながる。
4)本多泉先生
演題:妊娠出産育児と月4,5回の当直を生き生きと過ごせる組織
東京都立多摩総合医療センターは、東京都立小児総合医療センターと一緒に総合母子周産期医療センターを担っている。夜間休日は産婦人科医だけで 3 人の当直体制です。NICUは 24 床、かなりの困難症例も受け受け入れているハイボリュームセンターである。また婦人科側も基幹拠点病院で手術症例が多い。このハイボリュームセンターであってもかなりの数の女性医師が妊娠出産を経て、復帰しているので当科の勤務体制について紹介する。
まず、多摩総合医療センター、産婦人科の現在の人員は、常勤医が 17 人、非常勤医が1人、専門研修医が 13 人と合計 31 人であり、 2010 年の多摩総合医療センター開設以来で一番所属人数が多い年になっている。高循環で人が集まってくる病院になっている。男性女性の割合は、男性 8 人、女性 23 人。産婦人科では、30代以下の学会員の 70% が女性医師と言われていたが、女性医師がキャリアを上げられないと部門維持が不可能だということである。当科31人の医師のうち、現在 6 人が育休中だが、今後、彼女たちが復帰して勤務することになって、31 人体制に戻るのか、他の誰かが産休をとるのか、管理職は、どのような状況になるかを把握しながらやりくりしている。今働いている25人は全員が当直をしている。当科では育児中も当直をすることになっている。
次に25人体制の診療について。25 人バラバラに動くととても効率が悪いので、当番表を毎週作成している。患者さんに対しては主治制プラスチーム制の対応、すなわち、患者さん 1人に対して主治医1人は決まっているが、その人を含む4、5人のチームを5チーム作っていて、チーム内で担当患者の情報交換をして、主治医が休んだとしても、チームが対応する体制を作っている。また、全員が産科にも婦人科にも対応している。
それぞれ多様な経験と技術を獲得して、マルチに活躍できるような医師を育成している。これについては、議論があり、大きい施設では産科と婦人科それぞれの専門性を分ける方がよい、という意見もある。ただ、それでは代替要員が少なくなる。当院は所属医師が産科も婦人科も両方対応することで、代替要員が多く、組織として安定感を出して、潰れないようにしている。組織として、個人としても裾が広いことが強みにもなっていると思う。
まとめ。人数を確保することで好循環が生まれている。育児中かどうかは関係ないといえる程度の業務量、業務時間にするために効率化を図り、主治医制+チーム制を導入している。メリハリがある仕事文化があるということ、全員でジェネラルにマルチに働いて「特定の誰か」にしかできない仕事をつくらないようにしている。アクティブな診療を続けることで、仕事へのモチベーションを維持できていることが、育児中でも続けようという気持ちになるような好循環になっていると思われる。
会場からの質問)
*アンコンシャスバイスについて皆さんに聞きたい。私自身も「女性だから気配りができるね」など言われることもあるし、後は医師側から「男の子だから我慢強いね」とか、あとは「男の子だから可愛い女の看護師さんが好きなんだね 」とか、声をかける場面によく遭遇する。このようなアンコンシャスバイアスが、これからの未来を生きる子供達にジェンダーロールを押し付けて、非常に有害だなと思っています。ただ、そうやっておっしゃる医師は自身で気づいていない。このような先生方に気づいてもらう方策があるだろうか。
<川瀬>
非常に難しい質問なのですが、やはりハラスメントと同じで意識するために、研修などの学びの場を作ることが大事じゃないかなとは思います。なかなか難しいかもしれません。
今日のような機会をもっと作っていただいて議論することが大事ではないかと思っています。
<立石>
この間4 月に外科学会があった時に、働き方改革のセッションあったのですけれども、そのときに、「指導者層の教育も必要なんではないか?」と提案させていただいて、それで例えば、指導医の更新などのところに必須の項目として加えた方がいいんじゃないか、という話は出ています。
あとは、アンコンシャスバイスで「あれ?」って思った時があると、その場合にその言葉をその場で繰り返すといったやり方もあるそうです。
<本田>
自分もまだ戦っているなと思っているところなので、アンコンシャスバイアス。私も気づいた時は言おうと思ってやっています。
議題1:個人の事情をどこまで把握し、配慮するべきか。
風通しのよい組織とは?忖度のない会話が成り立つのか?ワークライフバランスは個人の努力だけでは達成できない!ということで、それぞれの組織の中で、個人の事情をどれぐらい把握したらいいのでしょう。
<立石>
私は基本的にはあの個人的なことも、雑談と言うか、そういうのがすごく大事で。雑談の中である程度本人が不快でない程度まで聞くことだと思います。私自身がやってきたこととしては、子供がいることを周囲に分かってもらうために、例えば、土曜日の保育園ない時に医局に連れて行ったり、飲み会に連れて行ったりした。そこから配慮してもらえるようになったとも思う。
どれぐらいサポートや配慮が必要かは個人差があると思うので、個人的な背景まで把握してあげるということも、チームとしては大事だろうと思います。
<川瀬>
チームのメンバーがどういう人間関係を持っているというのは基本的には把握しないといけないと思っていますので、私も普段の雑談とかのなかで情報をとることは大事にしています。
<本田>
産婦人科は比較的妊娠出産に関して、職業柄オープンなので、情報は集まりやすい。けれども、こちらから聞くというよりは、「結婚したら出産を希望するだろう」と予想している。去年当院では産休育休が6人重なって大変でした。ただ、仕事に戻ってきてくれるから、短期間の無理は頑張れる。産後の復帰時期に関しては、それぞれの自由に任せていて、連絡を待っているのが現状です。組織が話しやすい雰囲気であると思っている。
<司会>会場に質問
男性の先生方で、育休取りたいとか、実際に育休を取った方はこの会場にはいらっしゃいますか?
<男性医師>
私は1年前に子供生まれたんですけど、一人小児外科医なので、育休取りたいと思っても難しい。女性研修医が産休を取得した際には、どういう条件なら初期研修に問題にならないかなどを相談し、彼女が希望するタイミングで産休に入った。風通しがいいコミュニケーションが大事だと思う。
議題2:多様性と公平性を両立させるには
多様性を許容する組織の中では、経験の格差とか、頼みやすい人へ雑用が集中したりということがあったり、あるいは、女性は過度に配慮されてしまったりということがある。多様性と公平性をどう両立しているのでしょうか。
<立石>
これはすごく大事な問題だと思います。アンコンシャスバイアスの中でも、「女の人だから当直は入れなくていいよね」とかいうことを勝手に思い込んでしまう。本当はできるし、やりたいし。それなのに当直できる人にしか手術を任せないような雰囲気があるところもあり。「よくない過度の配慮」というのは結構ある。もう1つは、短時間勤務を選択した時に、やはり楽に感じるため、その短時間勤務の期間を決めないと、ずっと楽なところに乗っかってしまう人が結構いるっていう事があります。そこで、風通しのよい環境の中で、「いつになったら復帰するのか」「いつになったらフルタイムになるか」「どれくらい働けるのか」というのを、家庭環境も含めて見極めながら、過度にサポートしすぎないというか、甘やかしすぎないということも、組織の中ではすごく大事だし、そうすることが、その人のキャリアに繋がっていくと思うので。公正な考え方っていうのがすごく大事かなと思っています。
<川瀬>
短時間勤務を続けているけれども、そこから戻れなくて辞めるという方も結構いるんですよね。そこは、(女性医師の)意識を改革することが大事だと思います。「子育て中なので当直できません。」なんて男性医師は言わないですよね。そういう事を言わないのが当然という事を、全ての人が自覚した方がいいかなと思うんです。
後は、ある程度の余裕がある施設じゃないと、やはり余裕が生まれないんですね。その余裕を作るところがなかなか難しいんですけども、ある程度のことは組織としてやっていかないといけないと思います。
<立石>
今日朝のシンポジウムで、アンダー 45グループから施設集約化という話になっていましたが、たくさん人数がいるからこそバッファーがあるというか、ある程度カバーできるっていうところが有るので。女性が働きやすい職場になるためにはバッファーが必要で、ある程度施設集約化して、頭数があるところで、育休が取れるっていう組織的な余裕っていうのはものすごく大事なんじゃないかなという風に私も思っています。
<本田>
当施設はご覧の通りすごい人数が多くて、小規模になりがちな小児外科の先生にどのくらいあのお役に立ったかなと思いながらの発表ではありましたが、女性医師だから当直をしないと言われてしまうと、産婦人科はほぼ産科医療ができなくなっちゃうんじゃないかなっていうくらい女性医師が働いております。やれないと言っている女性医師が悪いのかと言うとそうではないですし、誰が1番甘い汁を吸っているかっていうと、多分女性医師の配偶者の職場が一番甘い汁を吸っているっていう状況におそらくなります。
当院は常勤であれば、当直は必須と決めています。それは、本人のキャリア継続のためにもなります。やるという環境を作らせてあげるっていうのも、1つ手なのかなという風に思っています。当施設は、今のところ、全員4、5回の当直をしていて。さらに言うとその育児中の女性医師もおられます。その背景には、基本の休みが取りやすくなるっていうところもあるからなんですよね。なので、女性もしっかり働いていくっていう方向になるといいのかなと思います。
<司会>
最後に、今後の視点。今後、ここに注目してやっていきたいなって思っていることがありましたら、一言ずつお願いします。
<川瀬>
医師でなければできないことを集中してやりたいです。それも専門制の高いところを。他の人ができるところは他の人に任せるようなタスクシフトを含めて。
<立石>
小児外科と小児心臓血管外科って、意外と交わっていないので、学会間の情報共有を行い、いずれは、小児外科と小児心臓血管外科のコラボレーションみたいなことで何かできることはないかなというふうに思っています。
<本田>
産婦人科は女性医師がすごく多くはなっているんですが、評議員など学会の中枢部の割合はまだまだ男性医師の方が多いっていう状況があります。やはり女性医師には管理職まで上がっていくぞっていう気持ちに関しては、まだちょっと足りないところもあるかなと思うので、そのあたりを、自分が中心になって引っ張っていけたら、と思っています。
シンポジウム アンケート結果